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第59号 広島原爆ドーム~を見て思ったこと [O6 その他]

2005.8.7(日)広島原爆ドーム~を見て思ったこと 第59号

 7月28日セミナー開始に先立ち、原爆ドーム、国立広島原爆死没者追悼平和祈念館、広島平和記念資料館、原爆死没者慰霊碑などを見学して回った。

 ご存じの通り、原爆ドームは「人間の過ちを歴史を伝える財産」としての世界遺産であり、原爆の悲惨さの一端を伝える建物(旧広島県産業奨励館)である。建物は大破、全焼し、建物の中にいた約30人は即死だったという。迫力があった。


http://www.pref.hiroshima.jp/hiroshima/bunka/html/legacy3.htm

 広島平和記念資料館。http://www.pcf.city.hiroshima.jp/

 実物の資料の数々に圧倒された。

 今でも思い出されるのは、熱でゆがんだ弁当箱。お母さんが我が子のために作ってあげたものだが、食べられることなくごはんが真っ黒に焦げていた。しかも、その弁当箱を子供は抱えるようにしていたという。体全体で守られていた弁当箱ですら、その有様だった。

 見るうちに怒りがこみ上げてきた。

 いくつか原爆を落とす候補地があったという。新潟県長岡市も目標の一つだったという。広島に落とされた理由は、天候の他に、何とアメリカの捕虜が広島の地にいないということがその理由の一つだと、資料館にあった。
 
 既に戦争の雌雄は決しているにもかかわらず、民間人を標的にした無差別殺人。これこそ戦争犯罪ではないかと思う。民間人を殺さないというのは戦争のルールである。

 しかも、戦後を見越して威力ある新型爆弾ー核兵器ーをもっていることを世界に誇示することで、戦後の主導権を握ることが本当のねらいだったという。

 折しも当日の当地の新聞には、「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」
とある碑文を、ハンマーとのみで傷つけるという事件が報道されていた。

 「過ちを犯したのはアメリカで、慰霊碑の『過ち』という文言が気に入らなかった。自分一人でやった」と犯人は供述していたそうだ。http://yutaka901.web.infoseek.co.jp/page2ax2.html

 ハンマーとのみで傷つけるという行為は決して許されることではない。

 そして、いかなる理由があれ、民間人を無差別に殺したのは許されることではないし、ましてやすごい新型兵器をもっていることをアピールするために、すごい破壊力、殺傷力を示すために、核兵器を投下したアメリカの指導者層の行為は、決して許されることではないと思う。

 もしアメリカが戦争に負けていたら、超A級戦犯として間違いなく裁かれていただろう。

 核兵器を世界で初めて使用したアメリカをはじめロシア、フランス、中国などの戦勝国は、未だに核兵器を保有している。

 これでは安らかには眠れまい。

 日本は世界で唯一の被爆国として、世界の平和建設のために誇りをもって取り組んで欲しいと思う。

 長女が小学校6年生になったら、この広島の地を一緒に訪問しようと思う。

 そして、「戦争への罪悪感を日本人の心に植え付けるための宣伝計画」であるウオー・ギルト・インフォメーション・プログラムのことも触れたり、真珠湾攻撃はアメリカが察知していたことなども触れたりしながら、一体どの時点なら戦争を止められたのか等、一夏のテーマとして一緒に勉強できたらいいなと思う。

 自国や相手の国の立場に立ったり、第三国の立場に立ったりしながら、借り物でなく、自分なりの歴史観や誇りを育てたいと思う。

 その時是非読ませたい本は、「はだしのゲン」そして「第四の国難」である。

 日本人としての誇りをもって、国際社会で活躍できるそんな子に育って欲しいと思っている。

 ※ 私は日教組組合員で(当県の組織率は90%近く)、よく署名用紙が回ってくる。忙しいのも手伝ってか、大方の組合員は、組合が回すものならとほとんどすぐに署名している。
 私は峻別している。変わり者と思われようと、事なかれ主義で事実関係をよく確かめもせずすぐに謝る政治家をふがいないし、国益を損なうと思っているからだ。私だけ署名しないというケースが何回かあり、署名係は奇異に思われたろう。何せ今年度は、分会長なのだから。

 分会長としての役割は、きちんと果たしている。そして、政治信条など譲れないものは譲れないし、判断を組合執行部に全託しているようでは、脳みそなしである。また、現状も変わらない。
 先の娘に「自分なりの歴史観を育てたい」というのは、そういうことである。

家族専科http://www016.upp.so-net.ne.jp/kazoku/

 ※ おかげさまで、総アクセスが8千を超えた。ありがとうございます。
 実は、夏休みのめあての一つが(~8/31)
「記事100! 総アクセス1万! NICE100!」
である。
 「記事100! 総アクセス1万!」は、射程に入った。しかし、「NICE100!」には黄色(赤?)信号がともっている。

 私は、どの記事も心を込めて、本当のことを書いている。そして、読んだ人が温かい気持ちになったり、ちょっぴりでも「参考になったな」と思ってもらえたりすることを願って書いている。

 幸いコメントには、「参考になりました。」とか「何かあったかい気持ちになりました。」とか書いてあったりして、うれしい。

 そんな時、NICEを押してくれたらありがたい。コメントなしでNICEだけというのも、今まで3名あったけど、それでもありがたい。

第四の国難―日本崩壊の地鳴りが聞こえる

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  • 作者: 前野 徹
  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2001/05
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  • よかったらnice! ブログを書く意欲はあなたのnice!に支えられています。


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cafecream

ファーザーさん おはようございます。
私も 遊びに来ました。
8時15分 私も 洗濯干す手を止めて 黙とうしました。
原爆ドームは 目の前まで行きましたが私は当時まだ19歳くらいで怖くて入れませんでした。
つい先日パパが行ってきました。昼間と夜と立ち寄ったようで 色々思うことがあったようでしたが・・
by cafecream (2005-08-08 06:37) 

はじめまして。
うちに来てくださってありがとうございます。
私も、学生の頃、原爆ドームに行きました。
14年前の8月3日~6日だったと思います。
平和行進に参加する為でした。
ゆがんだお弁当・・・
真っ黒にこげたご飯・・・
ぼろぼろになってしまった服・・・
とても、ショックを受けたことを覚えています。
とは言っても、まだ学生で、ファーザーさんのように重く考えることは出来ませんでした。
大阪で平和行進をすると、皆がすこし冷たい目で見られているような気がして恥ずかしかった。今は、恥ずかしいと思った私が恥ずかしい・・・。
広島で平和行進をすると、沢山の人が手を振ってくれ、原爆の恐ろしさと悲しみが伝わってきました。
子どもが出来た今、もう一度、原爆ドームを訪れることができたら・・・どう感じるのか・・・。すこし考えさせられました。
ファーザーさん、ありがとうございます!
by (2005-08-16 16:37) 

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